スポンサーサイト

一定期間更新がないため広告を表示しています

| - | | - | - | - |
<< Eli, Eli, Lema Sabachthani | main | Accept fate,and move on! >>

Eli, Eli, Lema Sabachthani 2

IMG_3343.JPG

こんばんは、今日のあなたは何かを任せることができましたか?
最近の私のテーマは「委ねる」です。

委ねるとは任せること、捧げること。
エゴや執着について「手放す」という表現を繰り返し使ってきましたが、この事について
ずっと考えているうちに「委ねると言う表現の方が私が意図しているのに近いのかな?」
と思えてきました。


運命や神や人など何に委ねるのかはそれぞれでありますが
「手放したい手放したい」と逆に執着してしまいがちな人は、抗うより任せるという方が
楽な感じがしませんか?
心が強いと言えるのは、不幸や災難にぶつかったときに、悲しみや怒りに溺れたり呑み込まれたりせず
受け入れられるしなやかさだと思います。


さて、「Eli, Eli, Lema Sabachthani」
ここ何日もこの言葉について考えています。
新約聖書でキリストの最後の言葉は
○「Eloi,Eleoi,Lama sabactani(エロイエロイレマサバクタニ)」(マルコの福音書15章34節)
○「Eli, Eli, Lema Sabachthani
エリエリレマサバクタニ)」(マタイの福音書27章24節)
「私は渇いている」「成し遂げられた」(ヨハネの福音書19章28節、30節)
○「父よ、私の霊をあなたの御手にゆだねます」(ルカの福音書23章46節)

の4つの記述があるのですが、旧約聖書の詩篇から引用されたのではといわれています。
上記二つはダビデの詩篇22の冒頭と同じです。一部抜粋すると


わが神、わが神、なにゆえわたしをお見捨てになられるのですか。
なにゆえ遠く離れてわたしを助けず、わたしの嘆きの言葉を聞かれないのですか。

わが神よ、わたしが昼よばわっても、あなたは答えられず、夜よばわっても平安を得ません。
 しかしイスラエルのさんびの上に座しておられる。あなたは聖なるおかたです。
(中略)

しかし、わたしは虫であって、人ではない。人にそしられ、民に侮られる。
すべてわたしを見る者は、わたしをあざ笑い、くちびるを突き出し、かしらを振り動かして言う、
彼は主に身をゆだねた、主に彼を助けさせよ。主は彼を喜ばれるゆえ、主に彼を救わせよ」と。
しかし、あなたはわたしを生れさせ、母のふところにわたしを安らかに守られた方です。
わたしは生れた時から、あなたにゆだねられました。
母の胎を出てからこのかた、あなたはわたしの神でいらせられました。
わたしを遠く離れないでください。悩みが近づき、助ける者がないのです。
(中略)

IMG_3329.JPG

わたしの力は陶器の破片のようにかわき、わたしの舌はあごにつく。あなたはわたしを死のちりに伏させられる
(中略)

しかし主よ、遠く離れないでください。わが力よ、速く来てわたしをお助けください。

 わたしの魂をつるぎから、わたしのいのちを犬の力から助け出してください。
わたしをししの口から、苦しむわが魂を野牛の角から救い出してください。
わたしはあなたのみ名を兄弟たちに告げ、会衆の中であなたをほめたたえるでしょう。
主を恐れる者よ、主をほめたたえよ。ヤコブのもろもろのすえよ、主をあがめよ。
イスラエルのもろもろのすえよ、主をおじおそれよ。
(中略)

大いなる会衆の中で、わたしのさんびはあなたから出るのです。
わたしは主を恐れる者の前で、わたしの誓いを果します。
貧しい者は食べて飽くことができ、主を尋ね求める者は主をほめたたえるでしょう。
どうか、あなたがたの心がとこしえに生きるように。
地のはての者はみな思い出して、主に帰り、もろもろの国のやからはみな、み前に伏し拝むでしょう。
(後略)


この詩は神への責め、嘆き→助けを求める→信頼・賛美と移り変わっていきます。
神の子であるイエス・キリストは人間の罪をその肉体で贖うために磔刑を受け入れました。
そしてどんなに絶望的な状況にみえたとしても、主を信じ運命を委ねていたからこそ
この詩を最後に引用したとされるのかなと思います。


「神も仏もあるものか」という言葉がありますが、私にはこの言葉はとてつもないエゴに感じます。
よくこのブログで書いているように、幸も不幸も自分の心持しだいで受け止め方は如何様にも変わります。
そして自分の道理は自分だけのものであり、他には通用しないと言うこと。
私たちが絶望的に感じたりとてつもなく不幸に思える事だって、神仏にとっては
幸や不幸のジャッジの対象ではないのではないでしょうか。
ただ出来事がおこったというだけで。

IMG_3327.JPG

今回のブログを書くにあたって、「委ねるって運命を受け入れるにニュアンスが近いよな」
と思い、人間の意志を超越したところにあるさだめを意味する言葉を調べていたのですが
運命以外だと、宿命、天命、因縁、めぐり合わせなどですね。


でもこれ漠然とした何か大きな定めを意味するだけの言葉なのに対して、英語だと運命を意味する
言葉には
destiny:神から与えられた宿命,天命
fate:destinyとほぼ同義だが, destinyが時に望んだとおりの結果になるのに対し,
fateはしばしば不本意な結末をさす.
fortune:(幸)運・偶然が決定する未来.
doom:不幸で悲惨な運命.
lot:偶然に与えられた身分・境遇
(ニューセンチュリー和英辞典より)
と使い分けがされるんですね。

これは人知を超えた何か大きな流れには幸も不幸も内包されているという認識が
民族で確立されているからなのかなと思ったりします。
対して日本語ではあまり使い分けがないのは幸も不幸も表裏一体と捉えているからなんでしょうか??

ちょっと話がそれましたが、不幸だと自分が感じたときに「神も仏もあるものか」と思う人は
イエス・キリストが磔刑に処された際に「もし神の子なら、自分を救え。そして十字架から降りて来い」
とあざ笑った人たちと同じ考えでいるのかもしれません。
神仏を試しているわけなので。

そしてそれはEli, Eli, Lema Sabachthaniつまり
わが神、わが神、なにゆえわたしをお見捨てになられるのですかとも同じでしょう。
私の全くの個人的な解釈ですが、イエス・キリストはだからこそ人間のエゴの言葉を
神の子からのメッセージとして最後に残し、主に委ねた=主に捧げたのではないでしょうか。

えーと3日もかけたのに思っている事の1割も文章にすることができませんでしたw
結論は木ばかりみていたらしんどいから森をみましょう。それができない時は、
「なんでこんな所に木が生えてるんだ?」と思わずに
「何か意味があってここには森ができたんだろうなあ」
と思いましょうということです。
余計わかりにくかったらすいませんwww

それではおやすみなさい。明日のあなたが運命を受け入れつつ進むことができますように!

今日のテーマソング 
Red Hot Chili Peppers ーScar Tissueー
その人らしく生きていける楽しい世の中を願って!
ブログランキングにポチッと応援のご協力をお願い致します(*´∀`*)
にほんブログ村 哲学・思想ブログ スピリチュアル・精神世界へ
banner2.gif
Love&Thanks&Happy!あまうず
| あまうずが思うこと | 23:27 | comments(0) | trackbacks(0) | - |

スポンサーサイト

| - | 23:27 | - | - | - |
Comment









Trackback
url: http://amauzu.jugem.jp/trackback/87

01
--
1
2
3
4
5
6
7
8
9
10
11
12
13
14
15
16
17
18
19
20
21
22
23
24
25
26
27
28
29
30
31
--
>>
<<
--
Profile
PR
New entries
Archives
Categories
Recent comment
Thank You!
その人らしく生きていける楽しい世の中を願って! ブログランキングに
一日一度ポチッと応援をお願い致します(*´∀`*)
banner2.gif
にほんブログ村 哲学・思想ブログ スピリチュアル・精神世界へ
Search
Google
WWW を検索
このブログ内を検索
Card
無料占いプルモアpresents☆

タロット占いはココから♪
moon
月の開運法ブログパーツはJavaScriptを有効にする必要があります。
Mobile
qrcode
Links
Others
無料ブログ作成サービス JUGEM

Related Posts Plugin for WordPress, Blogger...